豊嶋 義之(ex ロレッタセコハン)
2006年のトピック10
本
『NHKスペシャル 地球大進化 46億年・人類への旅 3 大海からの離脱』(NHK出版)
(本文より) 快適とはいえない環境に絶えず身を置いた私たちの祖先は、弱者だった。そして、弱者ゆえに肺や手をもつことを強いられたのだ。かれらは生き残るためにもがいていた。 しかし、ふと振り返るといつのまにか次の飛躍に結びつく進化を遂げていたのである。そして目の前には新たなフロンティアが現れていたのだ。『NHKスペシャル 恐竜VSほ乳類 1億5千万年の戦い』(ダイヤモンド社)
(本文より) とにかく、ほ乳類は今日まで生き残ることができた。 そして今、この大地に私たちが立っている。 「生きたい」という願いが産んだ「胎盤」を受け継ぎ立っている。 パートナーとなった被子植物の恵みを享受し続け、この大地に立っている。『新庄のコトバ』中田 潤(講談社)
(章の見出しより) 12億円の札束を捨て、20万ドルを選ぶ── 新庄剛志の「超常現象」はそこから始まった。 給料の安いほうを選び、確率が悪いほうを選び、効率が悪いことのみに情熱を燃やし、 「200万円あれば生活できるやろ」環境
・バンド活動をやめ現場デビューしたこと
10年間続けた音楽活動を中心とする生活をやめ、作業員として現場仕事を1年間やりました。音楽だろうが現場仕事だろうが、何をするかよりも、何かを通して自分が成長するということの方が大事なのだと気付きました。これからも現場作業を続けます。意外と面白いです。次の日には治りましたが、現場でコケて、車椅子と松葉杖も初体験しました。・街路樹が立っていることに気が付いたこと
現場でヘマをし、職人の人にこっぴどく怒られ「ひょっとしたらこの仕事、私に向いていないかも?」とクサりまくり、「世の中には他にどんな仕事があるのかしら?」とハローワークに出かけ、「植木職」という仕事を見つけた時に「これっきゃない!」と叫び、町中の街路樹を見て回り、植物園に通っていた時期がありました。 今まで植物に関して「木・花・草」程度の認識しかなく、またその存在もほとんど意識していませんでした。植物に対する急激な興味は前述した『恐竜VSほ乳類』という本からの影響もあったと思います。今は落ち着いて普通に暮らしていますが、植物は人間のパートナー。生命の進化は競争ではなく共生。それに気付かぬ者は人間社会という小さな檻につながれるだけ。イエ〜。ライブ
・にっぽん演歌の夢祭り(3/4 福岡)
(出演)五木ひろし、小林旭、小林幸子、中村美律子、藤あや子、堀内孝雄、前川清、水森かおり幸運にもこのビッグイベントを(前から10列目くらいの席でしたが、ステージが高かったので)事実上の最前列、ど真ん中で観ることができました。モノホンのプロフェッシヨナル、モノホンのエンターテーナーを生まれて初めて生で観、聴き、感じました。みなさん最高だったのですが、その中でも圧巻だったのは小林旭でした。おそらく現存する最後の、本物の、伝説のスーパースター。そのステージはロック、パンクなんて言葉も生ぬるいほどで、音楽という枠を個人が突破するというのはこういうことなのだとハッキリ感じました。「本物」というものは全てを解放し、浄化し、力を与えてくれるのだということを身をもってしらしめられました。ありがとう、マイトガイ。まるで太陽のようなあなたのバイブレーションしかと受け取りました。
・石橋英子さん(パニックスマイル、モンハン、町田康バンド)のソロライブのサポート(11/21福岡)
もう自分がバンドをやっていたことも忘れて、音楽に対する興味もほどんど失いかけていた頃、急にライブの話が来ました。楽器を持つのもライブをするのも1年ぶりでした。この時はドラムを叩きました。何も決めず全部即興で押し通したのですが、とても楽しかったです。ライブをやって楽しいと思ったのは生まれて初めてだったかもしれません。バンド活動を生活の中心にしていた時期は演奏しても「楽しい」という感情はそこまでわいてこなかったような気がします。理屈も何もなく、ただ単純に「楽しかった」。・フリクション(12/25 福岡)
この文章は12/20に書いているので、まだライブは観て(聴いて)いません。2004年のライジングサンロックフェスティバルに出演した際、私が在籍していたロレッタセコハンの後が「RECK+中村達也」で、出番が終わった後、チラチラ演奏を聴きながら私は「これって事実上のフリクションやんか!」と思いました。「観たい〜」と思いましたが、取材があったのでほとんど観れませんでした。今回ゆっくり観るというか、聴くというか、感じることができるのでとても楽しみです。フリクション追記
行ってきました。もう言葉がありません。「最高だった。」としか言えません。今まで自分が観たライブの中で最高のライブでした。もうこの先一生ライブが観れなくても構いません。
でも、言葉というのは人に伝えるためにあるので、書きます。ライブのことはあまりかけないかもしれません、思い入れが強すぎて個人的なことしか、断片的なことしか書けないでしょうが、言葉にできることを書きます。どこから、なにから話したらいいのかも分からない。
バンドをやめて、その間ぼくが唯一やりとりをした人が富田和樹さんで、ぼくは富田さんと一度しか会ったことがないのに、ずいぶんいろんな話をしたような気がする。レックさんの話はいつも出てくる。それを書く?それとももっと前エスクァイアの「NO NEWYORK」特集の原稿の依頼を断ったとこから?
7、8年前、中村達也さんと初めて会った時、達也さんの口から「カガヤキ」という言 葉が出て、運転していた僕は「フリクションの『カガヤキ』ですか?」と思わず後ろを振り返ったところから?
19歳の時に観た近藤等則&IMAのライブを観て、音楽的に何をやっているのかは全然分からなかったけど、何かうれしくてひとりで踊りまくったこと?そのあと会場の入り口に腰掛けてタバコを吸っているレックさんとバッタリ会ったこと?
その時のことがインタビュー記事に書いてあって、「その嬉しそうな顔をした男の子」っていうのが19歳のときの僕なんですって言いたくて、言いたくてたまらなかったこと?なんか書きながら、涙が出てきた。おとといホントに会えた時には普通に話せたのに。こんなにオレフリクションやレックに思い入れがあったのかなぁ。
ライブを観て、最高で、そして夢がかなうっていうのはさらに最高だ。
CD
・『MARTIN SCORSESE PRESENTS THE BEST OF BLUES』より LOS LOBOS─Voodoo Music
今年はこの1曲が一番キました。・『QUATRO』SUZI QUATRO
再発していたのでジャケット欲しさに買いました。自分の知っているレコードジャケットの中でこのジャケットが一番好き。
